5.陪審裁判と上訴制度

(1) はじめに
 陪審裁判では有罪・無罪の認定にさいして理由が付されないので、上訴が十分に機能しないとの陪審反対論がある。とくに被告弁護側が事実誤認を理由に上訴してもうまく機能しないので、被告人の人権保障上からも問題だと説く者もいる。これが 事実なら、たいへんである。そこで、いろいろな事件を注意深く探したところ、証拠 説明のない有罪判決書が見つかった。(鹿児島地裁平成11年5月18日宣告、平成 11年(わ)第81号公務執行妨害。傷害致死事件−−判例集未登載)。

 しかし同事件は被告弁護側の上訴によって最高裁の判断まで受けている。証拠説明がなくても上訴はちゃんと機能している。証拠説明がなくても、罪となるべき事 実は記されているから、証拠の標目にしたがって訴訟記録を見れば事実誤認の上訴もできるのである。どうも反対論は「ためにする議論」のようである。

(2) イギリスの場合:
 イギリスでは1966年刑事上訴法の規定にもとづいて、被告弁護側は事実誤認を理由に上訴できる。陪審の評決が、事件に関するあらゆる事情を総合した結果、危険もしくは不満足(unsafe or unsatisfactory)と判断された場合には、裁判所は原判決を破棄できる。確定判決についても「内務省への紹介」という制度があって、簡単な誤判は内務省の部局が処理するが、困難なものは控訴裁判所に判断してもらう。そして必要とあれば再公判 (再度の陪審裁判)が開かれる。

(3) アメリカの場合:
 アメリカでは連邦と州とで手続が事なり、各州でも少しずつ異なっているので、ここでは典型的と思われるワシントンD.C.を取り上げる。同法域では、陪審の事実誤認は上訴理由とはならないが、合理的な陪審ならばやらないような事実認定がなされたとき、それは法律違反となり、その旨の主張は上訴理由となる。この上訴理由は事実誤認の一形態と考えられ、実際の控訴理由の大半はこれに該当する。したがって、形式的には法律違反ではあるが、実質的には事実誤認を理由とする控訴が機能していると見てよい。(下記参考文献を参照のこと)

 確定判決についても新公判の制度があるのが一般である。この制度においては、控訴裁判所で事実誤認の判断がなされたときには、同裁判所は新公判(new trial)を命令することができる。州によっては、州政府の責任で恩赦にする付するところもある。これは実質的にはわが国の再審と同じ機能を果たしているといってよいであろう。

(4) おわりに:
 イギリスでは裁判官は事実問題についても「summing up」できるが、アメリカ の裁判官は事実問題については説示できない。この意味ではアメリカの陪審の方がイギリスの陪審よりも強い。民主主義の度合いが強いほど陪審も強い。これに対し、わが国には陪審そのものがない。「官僚司法」といわれる所以である。

 [参考文献:最高裁事務総局監修・司法協会刊『陪審・参審制度』英国編(平成1 1年)、米国編。(平成8年)]